前略、


 ダホン・スピードP8
という自転車を最近買った。アメリカで折り畳み自転車を主に作っているDahon社米本社サイト)の製品。
 ヨーロッパ製の折り畳み自転車にもいいものがたくさんあるのだが、どれもかなり高くていいものはどれも十万円はくだらない。無理すれば買えないこともないかもしれないが、そんな高級車に乗ってしまうと落ち着いて自転車から離れていられなくなりそうな気がした。ダホン社にも十万円以上するものがたくさんあるが、この会社のいいところはバリエーションの多いところだ。ほんの数万円から切れ目なしにたくさんの車種があって自分に合ったものを選べる。
 スピードP8は中級車のなかでコスト・パフォーマンスが高いといわれているようなので選んだ。最初は同じ形のフレームでひとつグレードの低いヴィテスD7あたりにしようと思っていたのだが、いろいろ見ているうちにやはりちょっといいのがほしくなり、そこそこ安い店もあったのでスピードP8にすることにした。

 それまでも十年ほど折り畳み自転車を使っていたが、変速のない安物(丸石自転車のあらら)に乗っていた。折り畳み方は特に違いはないのだが、折り畳みの早さや簡便さはかなり違っていた。ダホン車の折り畳み方法は極々一般的なもので、サドルを下げ、ハンドルとフレームを二つ折りにするものだが、ハンドルとフレームを固定から開放するシステムが洗練されていて楽なのと、サドルを下げたときにサドルポストの下端がフレームから出で車体を支えるようになっているため、車体を手で持ち上げたり、支えたりするする必要がほとんどなく折り畳むことができる。そして折り畳んでくっつく前後の車軸の近くのフレームに磁石とスチール板が付けてあってくっつけてがっちりと固定ができる。
 公称15秒。急がなくても30秒もあれば折り畳んだり、展開したりできるだろう。
 しかし瑕瑾もある。まずハンドルポストの折り畳み部分の固定解放レバーが折り畳んだときにフレームにあたってこすってしまうこと。レバーにはビニールのカバーがついているので大丈夫だろうとほおっておいたらフレームのあたる部分がだんだん剥げてきてしまった。対策としてレバーの該当部分にさらにビニールテープを巻き、フレームの方もクッション材とテープで保護した。もちろん美しいものではない。
 もうひとつはハンドルが折り畳み時にフレームの間(二つの車輪の間)に挟まるようになっていて、まず二つ折りにする前に高さを変えられるようになっているハンドルバーを伸ばさなければならず、折り畳み時にうまく車体のスタンドバーなどに干渉しない長さにするのがちょっと面倒くさい。さらにブレーキレバーの角度によっては折り畳み時にタイヤなどに接触したり押し付けたりする形になって気持ちがよくない。これを防止するためにはハンドルバーの固定レバーを緩めてバーをちょうどいい角度に回転させればよいのだが、ここまで手間をかけるとちょっと面倒になってくる。
 でもまあそれでも折り畳みは簡単。アパートの上の階に住んでいて自転車はいつも部屋まで持って上がっている。前の折り畳み自転車では折り畳むのが面倒なのでそのままかついで階段を上っていたが、ダホン車にしてからは下で折り畳んでから持って上がっても全く苦ではなくなった。むしろ持ちやすく、少し軽くなったので楽になった。これからどんどん乗り回していきたい。

草々


6月14日(水)晴れ
 このルートの本州最高地点(といっても標高500メートル足らず)を過ぎ、一戸町、二戸市を通り、三戸町からは青森県に入る。この日は逆風が強く、1.5倍はエネルギーを消耗している感じ。少しくらいの下り坂ではこがないと全く下りてくれない。
 国道といえども田舎道で食べるところもたいしてない。その日はそんな予感はしていたので朝から飯を炊いて食いだめして、キャンプ地と食事をするところを求めて逆風の中だらだらと前に進む。結局、八戸市まできてしまう。
 食事をして、銭湯へ行き、キャンプ地を探す。馬淵川の川原におあつらえ向きの野球グラウンドをみつけ、レフトの外野の芝生にテントを張った。
(96.48km/6h23m・計1092.6km)

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6月4日(日)晴れ
 テント生活は意外と快適でよく眠れるのだが、このところ朝方が寒くて足が冷えて目が覚めることがあった。荷物を減らすために長いズボンを持ってきておらず、短パンで寝ていたのだ。さすがに短パンではきついと思いはじめていた。
 利根川をさかのぼり、北浦へ出る。このへんには釣り竿を一人で5本も10本もたらしている釣り人がたくさんいた。竿にマイコン内蔵のあたり感知器までつけている。こいつらはなにもんだ。漁師には見えないのだが、一般の釣り人がなぜ何本も竿をたらすのか。売りさばいているのだろうか。そんなに生活が苦しいのか。
 再び太平洋に出て北上する。南風の順風が吹いていて気持ちよく走れる。
 大洗、ひたちなかと進むが、いいキャンプ場所が見つからず、先へ先へと進まざるを得ない。途中でユニクロが見つかり寒さ対策にジャージの下を買う。自転車で北海道を旅したことがあるという大学生に声をかけられ激励を受ける。
 夕方近くになって、東海村の原発を過ぎ、久慈川でやっといい河原をみつけテントを張る。水道はないが、もう学習したので途中で水筒に水を1リットル汲んでおいた。JRの鉄橋がちょっとうるさいがまあいいだろう。
この日は順風だったのと、いいキャンプ地が見つからずだらだら走っていたので一日の走行距離が初めて100キロを超えた。
(109.44km/6h50m・計481.7km)



6月20日(火)晴れのち雨
 出発、午前中に長万部に着く。さらに先へ進むことも考えたが、天気予報はまた雨が降るっていっていたし、町もなかなかいい感じでこぎれいな公園も見つかったので、ここに腰を据えることにする。
 パークゴルフ場もある川沿いのあやめ公園の四阿でコンビニ弁当とカツゲンで朝ごはん。カツゲンは北海道では昔からある有名な乳酸菌飲料みたいなもの。
 町には銭湯もあったので行く。昔ながらの古い銭湯。もちろん番台は脱衣場側。脱衣場にはロッカーもなく、かごがあるだけだった。浴場の洗い場には壁に水とお湯の二本のパイプが水平にむき出しで取り付けられており、そこから赤と青のレバーの付いたカランが並んでいる。油断してむき出しのお湯のパイプに触ってしまうとやけどする。
 夕方になってからあやめ公園にテントを張る。昼間はよく晴れていたが、夜になったら予報通り雨が降ってきた。
(33.77km/2h00m・計1416.2km)


長万部に行く途中でみつけた看板。やっぱり寄っていったほうがよかったかな〜。


前略、

イランのイスラム革命の後もアメリカの誤算は続いた。
革命の年、ホメイニ師の革命評議会に支援されたとされるイラン人学生により、テヘランのアメリカ大使館がイラン政府の転覆を狙うCIAのスパイの巣窟であるとして、襲撃・占拠されるという事件が起こった。52人の大使館員などを人質にしたこの占拠は444日間も続いた。

次第にホメイニ師を頂点とする国家体制は固まりだし、革命を境にしてイランとアメリカの関係は180度変わり、お互いを「帝国主義の大悪魔」「テロ支援国家」と呼びあうラブリーな仲になる。そして、この時以来「大悪魔」であるアメリカ国籍を持つ者はイランに入国することができなくなった。
旅人の立場からいえば、アメリカ人旅行者はユーラシア大陸を陸路横断するときに最もポピュラーであるパキスタン〜イラン〜トルコというルートが通れないので、ロシアか中央アジアを通るしかなくなった。

タブリズに滞在した後、ぼくはせっかくイランまで来たのだからと、世界一大きな湖であるカスピ海を一目見ようと、バンダレ・アンザリ行きのバスに乗った。
バンダレ・アンザリでバスを降りたのはぼく一人だった。他の乗客はもう少し行ったラシュトという町まで行くらしい。まだ夜明け前の4時だった。
すぐ近くにあった宿はベルを鳴らしても反応はなく、歩道で鞄の上に座って夜明けを待っていた。パトカーの警察官に不審尋問などを受けたりしながら、秋の夜長をやり過ごしていた。

車が時々通るのだが、そのうちの一台から軍服を来た若い男が降りてきた。男はぼくに気が付くと近づいてきて話しかけてきた。タブリズでのこと以来、イラン人の若い男と話すのは気が重かったのだが、彼はイラン人には珍しく滑らかでなかなかうまい英語で話しかけてきた。この国では学校で英語を教えていないらしく、英語の普及率はこれまで訪ねた国の中で最も低かった。一般の市民に英語は全く通じないといっていい(そのかわりとても流暢な日本語を話すイラン人がけっこういる。日本にいたことのある人たちである)。
彼は前のような失礼な奴ではなく、宗教の話もしてこなかった。そしてアメリカの悪口をいうこともなかった。それもそのはずでしばらく話していると、彼は問わず語りにびっくりするような話を始めた。

彼は以前アメリカに住んでいたというのだった。

彼と彼の家族はアメリカのフロリダ、その前はワシントンに住んでいたというから、テニス・プレイヤーのアンドレ・アガシのような革命以前に移民をしたイラン系アメリカ人だったのだ。
彼らはアメリカからイランの親戚を訪ねるという名目で革命後のイランの入国を許されたらしい。無事イランに入国して親戚に再会した後、アメリカに帰ろうとすると当局は空港で彼らの出発を許さず、全員にイランからの出国を禁じてアメリカの旅券を取り上げてしまったのだそうだ。
アメリカに彼の父親の仕事も彼らの家も財産も友人もすべて残したまま、彼らは遥か遠くのイランという国の中に軟禁され自分たちの国に帰ることができなくなってしまったのだった。

彼の父はこの時には、アラブ首長国連邦のドバイで働いているということだが、彼自身は徴兵を受けていて、これから軍に戻らなくてはならないということだった。家族のうちの誰かは人質としてイランにいなければならないということなのだろうか。
彼はぼくがそこにしばらくいられるのなら、休みの時に遊べるのにといった。残念ながら滞在期間が2週間しかないのでそれはできそうになかった。
彼は英語を話したのも久し振りだといった。ぼくは彼にこの国に来たのはいつなのか尋ねた。それは10年前、彼が10歳の時だったそうだ。
彼の英語を聞いた時、比較的滑らかな英語だとは感じたが、母国語だとは思わなかった。英語を話す人の極端に少ないこの国では英語が多少危うくなるのも仕方がないだろう。
彼はまたこの国に来る予定はあるかと尋ね、ぼくが分からないというと連絡先を書いてくれた。彼はぼくと話せて楽しかったというと、来た時と同じように車をヒッチハイクして出発してしまった。

彼と実際に話していたのはほんの30分ぐらいだっただろうか。
ただ、親戚に会うためだけに両親に付いてちょっとした旅行気分で来た、宗教も文化も文字も言葉も全く違う、しかも自分の生まれた国を最大の敵としている異国に突然閉じ込められ、故国に戻れなくなった10歳の少年はそれをどう理解したのだろう。
それからの10年はどんなものだったのだろう。
国と国との仲違いに巻き込まれてしまった彼ら家族はこれからどうなるのか。
彼と彼の家族が「祖国」に戻れる日ができるだけ早く来るように願っている。

草々


うちに時々宗教の人がきて、ポストに冊子を入れていく。
今日、メモする紙がなくてその冊子をちぎろうとしてちょっと変わったことに気がついた。ふつうの16ページの中綴じの冊子だと思っていたら、ステイプル(ホッチキス)が付いていなかった。ふつうの4枚の紙を半分に折って折りの真ん中をステイプラーで止めた冊子だと思っていたら、そうじゃなかったのだ。
薄い冊子なのに綴じの部分が上から下まで糊でくっついていた。
いちおうグラフィック・デザイナーだったのにこんなのは知らなかった。
糊綴じというらしい。
ステイプルの中綴じだと、印刷して、折って、綴じるの3工程が必要だが、糊綴じだと折る時に糊を付けて閉じられるらしく工程は二つですむらしい。
そんなに最新の製本法でもないようだが、しらなんだ。
その宗教の冊子のタイトルになぞらえれば「目ざめた!」のだ。
でもぼくはその冊子をバラしてメモにしようとしていたので、ステイプルの中綴じの方がバラしやすくてよかったのだけど。

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3年たってバッテリーサイクルは1000近く、容量は50パーセント前後まで落ちたので、マックブックエアーの内蔵バッテリー交換をした。
アップルのサイトによると、バッテリーサイクル1000で容量は80パーセントほどになるとあるので、50パーセントは落ちすぎ。最近、3週間ほど家を空けたときに充電しっぱなしにしてしまって一気に落ちてしまった。
一時期、バッテリーがふくらんだらしく、トラックパッドが効かなくなったことがあったので、そのへんも原因かもしれない。
アマゾンで交換用のバッテリーを買う。8200円。そのほか専用のねじ回しが二本必要。
作業自体は簡単。基本ネジをはずすだけ。すぐに完了。
バッテリーサイクル0、容量99パーセントに戻った。

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裏蓋開けるのに必要なペンタローブドライバー

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この中の一個でバッテリーを止めているT5トルクスネジを外す


前略、


 ドイツのBusch & Müller社のバックミラーCycle Star 901/2。ハンドルバーの端に付けるタイプ。
 こんなものをわざわざドイツから輸入しなくちゃならないのかと思うのだが、ほかにはなかなか気にいるものがなかった。折り畳み自転車なので折り畳み時に干渉するものは当然だめだし、干渉しなくてもなるべくごてごてしていないシンプルな形のものがよかった。
 これは形も機能もよかったのだが、もともとドロップハンドル用に作られたものでスピードP8のようなフラットなT字のハンドルに付けると鏡が運転者側を向かないので真後ろより外側しか見ることができない。鏡を運転者側に向けて真後ろを見るためには本体を少し削る必要がある。

草々


前略、

バルト三国には独立の頃から注目していた。旅人は新しく独立した国や個人旅行が解放された国などがあると行ってみたくなるものなのである。
今回も東欧に行くと決めた時、できればバルト三国に寄りたいと思ったのだが、カナダを出た時点では計画は全く具体的ではなくほとんどあきらめていた状態だった。問題は情報の少なさで、カナダを出発する直前にでたガイドブックにやっと少し情報が載り始めたというところだった。

多少情報が少なくても、治安さえ問題なければ、だいたいはなんとかなるものなのだが、今回、ぼくはほとんど必要最小限と思われる資金しか持ってきていなかったので、不必要な浪費は押さえなければならなかった。バルト三国の物価が安いであろうということは容易に推定できたが、国によってはいくら一般の物価が安くても、すべてのものが安いとは限らず大きな出費がかさむことがある。
その代表的なものが宿泊費で、特に共産圏では外貨を稼ぐため、旅行者に国営のデラックスなホテル以外には泊まらせなかったり、そこまでいかなくても一般市民が使う安宿には泊まれなかったりする場合が多い。宿泊施設自体も少なくて、ドミトリー形式などという薄利多売の資本主義的なシステムがほとんどないため、宿代が結構掛かってしまう場合が多いのである。

前回の旅では、中国からバルト三国も所属していてまだ崩壊していなかったソビエト連邦をシベリア横断急行で通り、フィンランドに入った。ソ連ではイルクーツクとモスクワのホテルに1泊ずつしただけ(あとは寝台列車泊)だったが、それぞれ1泊が約70ドルと140ドルの高級ホテルを予約して日本で前払いする必要があった(当時のレートは約135円)。これらはソ連の一般市民の月給より多かっただろう。
ホテルだけではなく、ソ連では国内旅行のすべての予定を出発前に決めて、すべての宿泊と移動(列車、飛行機)の予約をして、料金を前払いしないと入国査証が出ないシステムになっていた(トランジット・ヴィザの場合は予約しなくても出る)。

その後、バルト三国は独立してこのソ連式の査証システムがなくなったことは分かっていたが、安宿がある可能性はまだ低かったのでバルト行きはほとんどあきらめていた。しかし、ポーランドのワルシャワまで来て少しずつ情報が入り始めた。
ワルシャワのユース・ホステルに着くと、これからバルト三国へ行くという白人の女の子がいた。彼女に聞いてワルシャワにリトアニア大使館のあることや、首都のビリニュス行きの長距離バスがあることを知った。でも、彼女は安宿の情報は知らなかった。
ユース・ホステルの掲示板を見ると、リトアニア大使館の住所に加えて、日本人は査証を無料で取れるという日本人のメッセージとバルト三国はそのうちの一ヵ国の査証ですべてに通用することなどが書かれていた。

それらの情報を得た次の日、宿の情報は相変わらずなかったが、とりあえず大使館に行き査証を申請し、バスのスケジュールや料金も聞きにいった。この時点ではまだ行くとは決めてなかったが、査証は無料なので行けなくても記念になるだろうと思ったのだ。
その次の日、ついにユース・ホステルにバルト帰りの旅人が別々に二人もやってきた。彼らが苦労して探した安宿などの情報を教えてもらい、バルト行きはついに決まった。


つづく


 目覚まし時計はうるさくて止めてしまって、二度寝してしまう。
 スヌーズはスヌーズ機能をいちいち止めるのが面倒くさい。
 というわけど、目覚ましの定番となったのはラジオでした。
 タイマー付きのラジカセのラジオで目覚める。目は覚めるけど、うるさくない程度の音量で。鳴りっぱなしだと、二度寝してもまたすぐ起きる。聴いてるうちに目が覚める。ぼくにはこれがベストの目覚まし方法でした。

 アイパッド・ミニのネイティヴの時計アプリは目覚まし音も選べるし、自分の作った音も使えるし、音楽を流すこともできるけど、ラジオは流せない。
 なにかいいアプリはないのか。
 ベストではないけど、とりあえず見つけたやりかた。

ラジオアラーム時計HD

ラジオアラーム時計HD – 多様な機能のクラシックラジオ


 を落とす(現在「RadiON HD」と改名した。)。ぼくが落としたときは期間限定無料だった。
 これはインターネットラジオを目覚ましで流せるアプリ。
 このままでは普通のラジオの音声は出せないが、このアプリはストリーミング放送のURLを直接追加する機能がある。
 そこに
http://mfile.akamai.com/129931/live/reflector:46032.asx
http://mfile.akamai.com/129932/live/reflector:46056.asx
http://mfile.akamai.com/129933/live/reflector:46051.asx
 を登録すると、上からラジオ第一、第二、FMのストリーミング放送が登録できる。
 これでとりあえずNHKのラジオを目覚ましにすることはできる。
 民放は無理。NHKのストリーミングURLも変わってしまったらだめ。

[追記]
 なかなかうまくいかないものだ。
 ラジオで目覚ましを鳴らすためには、アイパッドの電源が入っていて「ラジオアラーム時計HD」が起動していなければならないのは、まあ当然として、ロックされていてもいいのも当たり前、でもロックされる前に「ラジオアラーム時計HD」が一番前で動いている(バックグラウンドに回っていない)状態じゃないと目覚ましでラジオは鳴らないようだ。
 バックグラウンドに回った状態だと、目覚ましの時間になったときに、まずアラート音が鳴って、それからロック解除をしてからでないとラジオは鳴らないので、もうラジオで目覚めるという状態ではない。
 これはもうそういうふうになっているそうなので現状はどうしようもないようだ。しかも、このアプリはまだましなほうで、ほかの似たようなネットラジオタイマーが付いたアプリは、アプリが最前面で動いていて、しかもコードが電源につながっていなければ、タイマーは作動しないようになっているものが多い。
 純正の時計アプリはアラーム設定したら、アプリは起動してなくてもちゃんと鳴るのに。自分とこのアプリだけ特別扱いをしているのだな。
[追記2]
アプリがアップデイトしてバックグラウンドに回っていてもラジオが鳴るようになった。
これで完璧ではないか。
[追記3]
バックグラウンドにしたときは鳴るときと鳴らないときがある。完璧ではなかった。
[追記4]
上記のNHKのストリーミング放送のURLはリンクは張っていないけれど、ブラウザーで直接開いても聴ける。OSやブラウザーの種類によるかもしれないが。
[追記5]
2〜3時間NHKの同じ局を聴いてると、次第にとぎれとぎになり、終いには再生が止まってしまう。マックのストリーミングラジオ再生ソフトでも同じ症状のものがあるので、なにか対処をしないとなりがちなのかもしれない。あるいはウェブキットのバグか。


 ケータイを持ってないのにケータイサイトを作るのは大変。
 ケータイサイトエミュレーターのたぐいのプログラムはウィンドウズのみの対応なのでマックでは利用できない。
 そんななかなんとかケータイサイトの見映えをマックで確認する方法。

■ gooモバイル – 携帯サイトビューワ
 三大ケータイキャリアの見映えを大ざっぱに再現できる。
 キャリアの切り替えがタブなので楽。
 ブックマーク(とりおきURL)が独自で登録できる数が少ない。

■ FireMobileSimulator.org
 ファイアーフォックスのアドオン。
 ケータイの機種を細かく再現できる。
 機種だけでなくいろいろほかにも設定が可能。
 ファイアーフォックス全部がケータイモードになってしまうので、他のタブでPCサイトを開いている場合切り替えが面倒。


前略、


ビリニュスから日帰りでカウナスに行った時にソ連製のカメラを買った。
ラス・ヴェガスの盗難事件で日本から持っていっていたカメラはなくなってしまい、その後ドイツで日本製のコンパクト・カメラを買うまでのあいだはQuickSnap(写ルンです)を使っていた。
カウナスにあったカメラ屋さんをのぞくととても安かったのでもう1台ほしくなった。ロシア製の有名なゼニットの金属ボディの重い一眼レフカメラでも2500タローナス(600円ちょっと)ぐらいからあり、コンパクト・カメラならもっと安かった。白黒フィルムなどは10円もしない。
重い一眼レフは長旅の邪魔なので、プラスチックのボディでハーフ・フレイムのピントも絞りもマニュアルの物を買った。安くてもちゃんと写り、この後の旅の間ずっと愛用した。このウェブログにアップしている写真のなかにもこのカメラで撮ったものがたくさんある。

この「АГАТ(アガット)18K」というカメラ、帰国してからはほったらかしだったのだが、ネットで調べてみると意外とたくさんのサイトがあっていろいろと情報が分かった。
このカメラはBelOMOというロシアではなくベラルーシ(リトアニアの隣国)の会社の製品で、安い割にはなかなかいいレンズをつけているそうだ。
日本でもネットなどを通じて5000円ほどで買うことができるようだ。ぼくがカウナスで買った値段は900タローナス(約200円)だったけど。

草々












 今年も東京外国語大学の外語祭にいってきました。
 ついにベリーダンスは撮影禁止になっていました。


前略、


近藤勇はなんで局長なんだろう。何局の局長だ。アジア・オセアニア局か。
上っ面だけ調べてみたところ新選組には一番隊、二番隊などというものがあってこれの頭が組長というではないか。いったいどうなっているんだ。なにか深い深い理由があるのか、それとも「まったく近頃の若いもんときたら言葉が乱れて」いたということなのか。

[教えて!goo] 新撰組の「局長」という役職名について

草々


 中東を廻っていたとき、ヨルダンからシリアに入ってダマスカスの宿でのこと、ぼくの訪れた安宿にはあまり空き部屋が残っておらず、安いが窓がないという部屋に通された。ダマスカスにはそれほど長く泊まる予定でもなかったのでそこに決めて、昼間から電気をつけて荷をほどいて休んでいると、突然停電した。このあたりでは停電は珍しくないし、宿のヒューズがとんでしまうこともある。
 話が少し脱線するが、ぼく自身が宿のヒューズをとばしてしまったことも一度や二度ではない。ぼくは旅に必ずコイル・ヒーターなどと呼ばれているコンセントにつなぎ、ヒーター部分をコップの水に突っ込むとお湯が沸かせる器具を持っていく。これがあれば電源と水道さえあればどこでもお湯ができ、コーヒーや紅茶、インスタントラーメンやみそ汁などが飲めるので、ぼくの旅には欠かせない道具になっている。
 旅に出た先で買えば値段は安いし、便利この上ないのだが、作りが雑なものが多く、使っているうちにヒーターのコイル内部に水が入り込んで漏電するようになってくるものがある。湯を沸かしているときにコップの取っ手を握ったら電気で手がしびれたこともあった。そして、ある日突然、壊れて湯を沸かせなくなってしまうのだが、この時、電気がショートしてしまって宿のヒューズをとばしてしまうことがしばしばあるのだ。自分の部屋のヒューズをとばすぐらいならたいしたことはないのだが、場合によっては宿中が停電してしまったりすることもあって大変ばつが悪い(でも知らんふりをする)。途上国では日本のようにすぐ元に戻せるブレーカーではなく、文字通りヒューズを使っているので直すのに手間と時間がかかるのだ(もうヒューズなんか知らない人も多いかもしれないので説明すると、ヒューズというのは電気を通す金属で過剰な電流が流れると溶けて電気を遮断する。なので溶けてしまうと新しいものに付け替えなければならない)。
 一度など、宿のロビーで湯を沸かしていたらコイルヒーターがものすごい火花をあげて小爆発を起こし宿を停電させてしまったことがあった。
 話を戻すと、この時のダマスカスの宿の停電は真っ暗な部屋でしばらく待っていてもなかなか復旧しなかった。宿のオヤジさんに訊ねると、そこでは十四時から十八時まで毎日停電するということだった。
 シリアはアラブの国にもかかわらずアラーの贈り物である石油がほとんど産出しないために慢性のエネルギー不足で、水不足の時に断水をするように、一日のうちの一定の時間「断電」をしているのだった。
 ダマスカスの後、パルミラへ足を伸ばした。
 パルミラは砂漠の中のオアシスにあり、紀元前後にシルクロードの隊商都市として栄えたが、後にローマ帝国に滅ぼされ、ギリシャ・ローマ文化に影響を受けた神殿や劇場などの遺跡が残っている。
 この町でもしょっちゅう停電が起こっていたが、定期的なものではなかった。ある日、日の高いうちに始まった停電は日が暮れたあともつづいた。部屋にいてもしょうがないので夕方、寝袋を持って屋上で寝ころんでいた。空が暗くなるにつれ星が瞬きはじめた。この町は砂漠の中のオアシスの町なのでまわりに空気をよどませるものはなにもなく、乾燥しきっているので雲も全くない、都会で星を見えにくくしている要因のひとつである町の明かりも停電のために(全くというわけではないのだが)ない。
 空には満天の星が広がっていった。日本の都会で見る何百倍、何千倍の星だろう。天の川がはっきりと帯状に見えた。星くずとはよくいったものだ。星が多すぎて漆黒の空にほこりを散らして汚れているようにも見えた。

つづく
 


前略、

ミャンマーのシャン州、インレー湖畔の町ニャウンシュエに滞在していたときのこと。
現地の安宿に投宿するとフランス人のおじさんが泊まっていた。非常に明るくて活発な人で話しているうちに元ダンサーで今は振付けやパフォーマンスのプロデュースなどをしているひとだということが分かった。
さらに話をしているとたまには俳優もやっていて映画にも出ているという。
「ドーベルマン」に出ているというのだ。
「ドーベルマン」といえば日本でも1998年に公開されたヤン・クーネン監督のフランスのそこそこの大作映画である。
でもその映画は見ていなかったので、どうせちょい役で少し出てるくらいだろうと高をくくって、どのへんにでているのかと訊いてみると、いろんなところにでている、刑事の役だというので驚いた。
とはいうものの実は少し半信半疑だったので、帰国してから早速DVDを借りて見た。
ちゃんと出ていました。
彼の行ったとおりたくさん出ていました。
まず、オープニングのクレジットから名前が出てくるのだから主要人物といっていい。
まあ、物語に深くかかわる行動をするわけではないのだけれど、なんどもでてきて台詞ももちろんありました。
彼の名前はIvan Merat-Barboff

[写真はミャンマーの宿「Queen Guesthouse」の人といっしょのイヴァン/「ドーベルマン」のなかでの彼]

草々



 最近は検索エンジンのAPIが公開されていて一般の人にも検索が操れる、というのを聞いたことはあったものの、深入りするのがいやで手を出していなかったのだが、しようがないので見てみることにした。
 ヤフージャパンの検索APIが公開されていて、xmlで検索結果を受けとることができるという。利用法は思ったより簡単で、単に指定のURLに検索語や数や条件を連ねるだけでxmlファイルが返ってくる。これはすぐにできちゃうかなと思ったのだが、やはりそう簡単ではなかった。
 外部のxmlファイルをサイトに表示するところでつまずいてしまった。最初、これかなと思って調べていたxslはxmlファイルそのものを整形してサイトに表示するもので、考えていたのとは違っていた。
 それからphpで読み込めないかとか、便利なスクリプトはないのかとか、いろいろ探してみた。その後、Adobe Spryというジャヴァスクリプトのフレイムワークにxmlファイルをサイトに表示する方法があるとわかって、ついにみつけたとよろこんだのだが、これも外部のxmlファイルの場合はセキュリティの問題で簡単にはできないらしく頓挫。スクリプトのことをちゃんと分かっている人ならこれまで書いた方法でもちゃんとできるのかもしれないが、phpもパールもジャヴァスクリプトほとんど分かっていないので手も足も出ない。
 そしてやっとたどりついたのが、「[を] Yahoo!API の検索結果を JavaScript で表示」というページ。ここでヤフーAPIのxmlファイルをローカルに置いた小さなパールスクリプト経由でAJAXで読み込み、検索ページを表示していた。
 このスクリプトを改造し、サイドバーにある関連記事を表示するプラグインからタグをひろいだすところを抜きだして、そのタグでウェブ検索をかけ、返ってきた検索結果のxmlファイルをリストにしてサイトに表示する「関連している(かもしれない)外部サイトの表示」がやっと完成した(この機能にはAJAXを使う必要は全くないのだけど直し方がよく分からない)。
 この機能を使うにはそれぞれの記事のタグの付け方をある程度考えないとうまくいかない。まずサイト内の関連記事を出すためには複数の記事で共通した大分類、中分類ぐらいの範囲のタグが必要だが、それだけだと関連した外部サイトの検索で大ざっぱなものしかでないので、その記事独自のピンポイントなタグも必要。でもあまりにばらばらな無関連のタグが並ぶと検索結果がゼロになってしまうので、塩梅を考えなければいけない。
「関連している(かもしれない)」程度の精度がでているでしょうか。