「乳母車」っていいかたは古くさい?
 ああ、確かに…。かっこいいとは言い難いね…。
 じゃあ、なんて呼ぶの?
 え? なに? ベビー…なに?
 カー? ベビーカー? ベビーカー??

 また始まったか…。なんだよ、その見るからにうさんくさい言葉。
 なんの疑いもなくよくそんないんちき日本語っぽい単語を口から吐けるね…。
 Baby Carだよ。Baby Car! これはちゃんとした英語じゃないんじゃないかなあとか、少しは疑問に思わんか?

うばぐるま 乳母車
《米》 a baby carriage [buggy]; 《英》 a pram; 《fml》 a perambulator
乳母車を押して行く wheel a baby carriage.

研究社 新和英中辞典
乳母車 – Wikipedia

 べつに「ベイビーバギー」とか「ベイビーキャリッジ」とか「プラム」って呼べっていってるんじゃないよ。「乳母車」っていうちゃんとした単語があるんだから。
 さらにいえば「乳母車」って呼べともいってないよ。「ベビーカー」でいいよ。定着した日本語なんだから。
 でも「乳母車」って聞いて、さっき笑ったろ。
 で、なんだって。「乳母車」じゃなくて「ベビーカー」だって?
 それはない。

 井上ひさしの「國語元年」の著者あとがきを読んだら、言葉は生きている、変化している、という文脈の中で、「とても」ということばは本来否定の意味が伴う言葉だった、と書かれている。
「とても我慢できない」という使い方は正しく、「とてもおかしい」といういいかたは誤用とされていた。

とても[副]
1. どんなにしても。とうてい。「—出来ない」「—だめだ」
2. 程度が大きいこと。たいへん。とっても。「—いい」「—きれいだ」▽「迚も」と書いた。「とてもかくても」の略で、本来は、下に必ず直接的・間接的に打消しを伴った。

岩波国語辞典 第五版

 大正末期、芥川龍之介はエッセイの中でたびたびこの誤用について触れている。

「とても」
 「とても安い」とか「とても寒い」とか云ふ「とても」の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論「とても」と云ふ言葉は東京にも全然なかつた訳ではない。が、従来の用法は「とてもかなはない」とか「とても纏まらない」とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。

続「とても」
 肯定に伴ふ「とても」は東京の言葉ではない。東京人の古来使ふのは「とても及ばない」のやうに否定に伴ふ「とても」である。近来は肯定に伴ふ「とても」も盛んに行はれるやうになつた。たとへば「とても綺麗だ」「とてもうまい」の類である。


 大正時代にはすでに「とても+肯定」使われていたが、まだ違和感を持つ人が多かったらしい。百年ほど経ち、ぼくを含め、誤用(だった)ということは忘れ去られている。

 同じことが現在進行形なのが「全然+肯定」だろう。
「全然大丈夫」といういいかたにはぼくでも違和感があるのだが、この誤用ももう五十年ほど前から使われているらしく、かなり定着してしまっている。ぼくより下の世代だとフツーに使うだろう。ぼくの世代がいなくなるころには誤用でなくなっているかもしれない。
 なるほど、それがほぼ百年ということか。

 などと思っていたら、さらにどんでん返し。
「全然+肯定」は、意味は少々違うが、かつては使われていたのが、すたれてしまったらしい。

ぜんぜん【全然】[副]
《打消しの言い方や否定的な意味の表現を伴って》まったく。まるっきり。「—読めない」「—だめだ」
すっかり。ことごとく。「心は—それに集中していた」▽打消しを伴わない(2)の使い方は現在文章語としてはほとんど使わない。会話などで「断然」「非常に」の意に使うこともあるが、俗な用法。「—いいね」

岩波国語辞典 第五版

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“暇に任せて” の検索結果 約 76,800 件
"暇にまかせて" の検索結果 約 205,000 件

"暇に任して" の検索結果 約 1,020 件
"暇にまかして" の検索結果 約 416 件

"暇に飽かせて" の検索結果 約 4,860 件
"暇にあかせて" の検索結果 約 10,200 件

"暇に飽かして" の検索結果 約 4,380 件
"暇にあかして" の検索結果 約 5,310 件

暇に飽かす
暇なのをよいことにして長い時間をかける。
「暇に飽かして本の整理をする」(広辞苑第五版)

暇(ひま)に飽か・す
暇があるのにまかせて、時間をかけて物事を行う。
・ ―・して世間話に興ずる(大辞林 提供:三省堂)


 ウェブ上では「任せて/まかせて」が一番多い。
 最初は「暇に任せて」といういい方は間違いなのかと思っていたのだが、大辞林の説明に「暇があるのにまかせて」なんて言葉が出てきたりしたので、間違いという訳ではないのだなと納得。「暇(があるの)に任せて」でよいのか。
 でも慣用には「暇に飽かして」がよさそう。「飽かせて」でもまあよさそう。


 ついでにゲートルもいっとくか。
 これまで引いてきた日本語や英語の辞書の訳語に何度も出てきたゲートルとは。

ゲートル [(フランス) gutrês]
 ズボンの裾を押さえて、足首から膝まで覆うもの。多く軍服用。一枚の厚布や皮革製で脇でとめるもの、小幅の布を巻きつけるもの(巻きゲートル)などがある。日本では後者をいうことが多い。


ゲートル – Google Image Search

gait·er /ˈgeɪtər/ –noun
 1. a covering of cloth or leather for the ankle and instep and sometimes also the lower leg, worn over the shoe or boot. Compare upper (def. 7).
 2. a cloth or leather shoe with elastic insertions at the sides.
 3. an overshoe with a fabric top.


gaiter – Google Image Search

guêtre
 guêtre gaiter
 demi-guêtre spat


guêtre – Google Image Search

 ゲートルの元はフランス語。ゲートルには英語も日本語も意味にそれほどのぶれはないようです。で、ゲートルを日本語にすると…。

きゃはん【脚▼絆/脚半】
 (1)旅や作業をするとき、足を保護し、動きやすくするために臑(すね)にまとう布。ひもで結ぶ大津脚絆、こはぜでとめる江戸脚絆などがある。脛巾(はばき)。
 (2)「巻き脚絆」に同じ。


脚絆 – Google Image Search

きゃはん 脚絆
 leggings; gaiters.


 というわけで、レギンスに戻りました。
 これからは恥ずかしいので、スパッツとか、レギンスとか、カルソンとかいわないほうがいいのではないですか(特に外国では)。ではなんと呼べばいいのか、ちゃんとそのものを指していて、しかもかっこいい外来語がいいですよね。おあつらえ向きのがあります。
 これからは「パッチ」と呼んでください。朝鮮語起源の外来語ですから。



 じゃ、次、カルソンね。

カルソン 【(フランス) caleçon】
 (1)ボクサー-パンツ,トランクス,股引(ももひき)などの型の下着の総称。
 (2)⇒レギンス
カルソン
 スパッツ(1)に同じ。


caleçon
 (sous-vêtement) underpants
 (pour nager) swimming trunks


 どうやらカルソンもまとはずれなものを指しているようですね。フランス語のカルソンとは基本的に下着のようです。しかも男性名詞で画像検索を見ると外で履けそうなスパッツのようなものもありますが、大半は男性用下着ですな。まあ、ぴっちりしたスパッツは下着とさほど違いはありませんけどね。
 そういえばズボンの元になったフランス語の jupon ということばもペチコートという下着のようなもののことを指す言葉だそうです[画像検索]。全く…。
 このページにカルソンの画像を載せるために「カルソン」で画像検索をかけてさがしましたが、もうカルソンの指すものがどういうものなのかさっぱり分かりません。もうなんだってカルソンです。



 レギンスから芋づる式に引き出されてくる疑問。
 そのまえに前回の記事のきっかけとなったサイトを紹介するのを忘れていました。

今やファッションアイテムの定番と化した「レギンス」。
レギンスは体にぴったりしたパンツで、ちょっと昔は「スパッツ」と言っていたもの。


 じぁあ、スパッツからいくか…。

スパッツ 【spats】
 (1)⇒レギンス
 (2)靴の上からつけて足首の上まで覆うカバー。19 世紀末頃流行。
 (3)靴の上からつけて膝下まで覆うカバー。耐水性のある素材などで作った保温用のもので,登山時に着用する。
スパッツ[2]
 (1)伸縮性のある素材で作った、脚にぴったりつく長いパンツ。カルソン。
 (2)靴の上からつけて足首の上まで覆うカバー。一九世紀末ころ流行。


スパッツ – Google イメージ検索

spat[3] /spæt/ –noun
 a short gaiter worn over the instep and usually fastened under the foot with a strap, worn esp. in the late 19th and early 20th centuries.
 [Origin: 1795–1805; short for spatterdash]


spat·ter·dash /ˈspætərˌdæʃ/ –noun
 a long gaiter to protect the trousers or stockings, as from mud while riding.


 スパッツ(というか単数のスパット)はパンツタイプのものではなく、それぞれの足首のあたりに装着してズボンの裾をカバーするもので、靴の上から履いて土踏まずのところにストラップが付いたりするようなものらしい。しかもスパッツというのはスパッターダッシュという言葉の略語らしい。
 レギンスも前回の英英辞書の訳を見ると、単数のレギングだとこのスパッツと似たようなものを指すようだ。複数形のレギングズだとパンツタイプのものになる。でもスパッツはパンツタイプのものを指すものでは全くないようだ。昔、スパッツといえば土踏まずのところにストラップがあったりしたから、このへんの共通点でスパッツと呼ぶようになったのだろうか。
 ああ、そういえばビリー・ワイルダー監督の映画「お熱いのがお好き」にはスパッツ・コロンボというギャングが出てきてスパッツを付けていた。しかもこれがストーリー上重要な意味を持っているところがビリー・ワイルダーらしいところなのだが、これはまた別の話…。



女性のハイヒール用のスパッツもあるようだ[画像]。

spats – Google Image Search



 レギンスって何? スパッツのこと? スパッツはかっこわるい?
 じゃあ、レギンスはかっこいいの? そおかあ? レギンス…?

 グーグルで検索してみると、
 “レギンス” 249万件
 “レギングス” 22600件
 “レギング” 9820件
 “レギンズ” 605件
 “レギングズ” 9件

 むしろ件数が少ないほうが正しいような気がします。「ジェームス・ボンド」「ロビン・ウィリアムス」など、最後を「ス」にしてしまうのは日本語の癖だからしようがないけど、スパッツは古くてかっこわるい(しかも正しいものを指していない)っていうんなら「レギンス」はないだろう。ファッション用語はでたらめやビミョーなのが多い。レギンスなんて、野球なんかで使うすね当てのレガースと同じくらいださいぞ(レガースは”Leg Guards”のなまったもの)。いつからレギンスなんていわれはじめたんだろう。ぼくは聞いたことなかったけど、意外と古いのだろうか。

leg・gings
━━ n.pl. ゲートル; レギンス ((子供用の保温ズボン)).


leg·ging /ˈlɛgɪŋ/ –noun
 1. a covering for the leg, usually extending from the ankle to the knee but sometimes higher, worn by soldiers, riders, workers, etc. Compare chaps, gaiter, puttee.
 2. leggings, (used with a plural verb)
  a. close-fitting knit pants.
  b. the pants of a two-piece snowsuit.


英語本来の spats は、磨き上げた靴を土埃や踏み跳ねた泥水滴から護るために靴の上に装着した外皮のことを指す。(首記の2番に近い)パンツ状のものは欧米ではカルソン (calcon) もしくはレギンス (leggings) と呼ばれる。ようするに股引き。


leggings – Google Image Search

前略、

 アウトドアの文章を書いていて、「竹炭をいこらせてみる」と打ち込んだたら「いこらせる」が漢字変換できなかった。なんでと思って、辞書を調べてみたら「いこる」「いこす」なんで言葉はなかった。「熾(おこ)る」「熾す」なら載っていた。「熾る」でも意味は分かるが、ぼくにとっては、炭は「熾す」ものというより、やはり「いこす(いこらせる)」ものだ。
 ウェブサイトでの使用状況を調べてみると、炭を「熾す」と「おこす」の主流派がやはり最も多いが、「いこす」派も相当数いることが分かった。異端である「起こす」派は「いこす」派を凌駕するほどだが、さらに道をはずれた「興す」派はさすがに少数だった。
 少なくともそれなりに使われていて、自分だけの思い込みからきた言葉ではないことは分かった。ということは、これは「熾す」がなまったもので、ぼくの出身である関西方面の方言ということだろうか。
 いまだに自分では普通に使っている言葉が標準的な日本語ではないことが分かってびっくりすることがたまにある。ま、それはそれで楽しい瞬間だ。

草々

前略、

 よそのウェブログでアウトドア用品のウッドバーニング・クックストーヴの記事を書こうと思って考えていたところ、そこのウェブログでは、その前にもセルフインフレータブル・マットなどとカタカナをずらずら並べていたので、なんとかならんかと日本語訳を考えてみた。
 で、結果、「たき火コンロ」でいいんじゃないかと納得していたとき、ふと思った。
「コンロって何語?」
 辞書で調べてみたら、なんのことはない紛うことなき日本語なのだった。カタカナで書かれることが多いのでどこかからの外来語かと思ったら、「焜炉」と書くのだった。
 このコンロに最も近い英単語が「ストーヴ(stove)」なのだが、この単語は結構、意味が広い。もちろん暖房器具のストーヴもそうだし、温室などという意味もある。暖めるものといった意味の単語のようだ。
 ストーヴの日本語の意味の中に「レンジ」というのも入っていた。で、再び思った。
「レンジって何?」
 日本人がレンジといってすぐ思い起こすのは「電子レンジ」だろう(オレンジレンジなんていわないでね)。電子レンジは英語で「マイクロウェイヴ(microwave)」。極超短波を利用した調理器具だからだ。正式には「マイクロウェイヴ・オーヴン」というらしいが、どっちにしてもレンジという言葉は入っていない。
 60年代生まれの人なら、レンジといえば「ママ・レンジ」を思い出す人も多いだろう。子供用の小さな調理器で、実際に小さなフライパンでホットケーキなどが焼けるという、当時の子供たちのあこがれの高級玩具だった(さあ、みんなであのCMソングを歌おう♪)。
 辞書で調べてみると、日本語と英語(range)の両方とも(英語の方は「連なり、山脈、範囲、射撃場」などの意味のあとだったが)ほぼおなじような説明だった。
「天火のついた料理台」「天火のついた料理用ストーヴ」
 最初、この説明ではさっぱりイメージがわかなかったのだか、「天火」がすなわち「オーヴン」であると気付いて、やっと納得がいった。
 アメリカなどのテレビドラマによくでてくる、ケーキやパイや七面鳥を焼いたりするでかいオーヴン、あれの上にはコンロがついていた。ぼくも数ヵ月だがカナダでアパートメントを借りていたことがあるが、そこにも上に四つくらい大きさの違う電気のコンロが付いたでかいオーヴンが確かにあった。そうか、あれ全体を「レンジ」というのか。
 つまり、電子レンジのレンジは全くの誤りであるということだ。電子レンジも天から熱線(赤外線)とは波長が違うだけの極超短波という電磁波を照射するのだから、あれはオーヴンといって間違いではないのだ。
 そして、ママ・レンジを見よ! その小さな電気コンロの下には何がある。全く機能しない飾りではあるけども、そこにはれっきとしたオーヴンのふたがデザインされているではないか!
 ああ、60年代後半、ママ・レンジは子供たちに正しいレンジの姿を教えようとしていたのに、そのママ・レンジの長年にわたる血のにじむような努力を、魔法の道具である電子レンジは木っ端みじんに打ち砕き、ほぼすべての日本人に誤ったレンジのイメージを植え付けてしまったのだった。
 ママ・レンジにはいくら謝っても謝りたりないくらいだ。本当に申し訳ない。
 悪魔の道具、電子レンジよ、恥を知れ!

[ママ・レンジお詫びリンク 123

草々

前略、

世界の文字 その1」では地中海の東、フェニキアで使われていたフェニキア文字が、ヨーロッパのラテン文字とキリル文字、中東のアラビア文字とヘブライ文字の母体になったということを書きました。
しかしフェニキア文字はこれら西方の文字の母体になっただけではありませんでした。

ダリウス一世率いるペルシャ軍がインドを征服したのち、紀元前3世紀になってインドにブラーフミ文字が現れました。当時ペルシャとギリシアではフェニキア文字の系列であるアラム文字が使われており、ブラーフミ文字はこのアラム文字から変化したものと考えられています(書く方向はブラーフミ文字で左から右への横書きに変化しました)。
そしてこのブラーフミ文字はヒンディー語を書き表すのに使うデーヴァナーガリ文字のほか、ほぼすべてのインドの文字の母体となったほか、周辺のベンガル文字(バングラデシュ)、ネパール文字、チベット文字にもなりました。
ブラーフミ文字はさらに東に伝わり、東南アジアのビルマ文字、タイ文字、ラオス文字、クメール文字(カンボジア)へと変化しました。
またアラム文字からソグド文字、ウイグル文字を経て縦書きになったモンゴル文字は、ソ連の影響下で一時キリル文字表記になっていましたが、現在は復活しています(中国の内蒙古自治区でも使われている)。

こうしてみると世界で使われている文字のなかで中国とその漢字文化圏である日本以外はほとんどがフェニキア文字を母体とするアルファベットを使っているということになります(ある程度の数の使用者がいる例外は朝鮮半島で15世紀につくられた文字であるハングルぐらいでしょう)。

草々

前略、

世界の文字の中にはいろいろな独特の数字を表すシステムがあります。
数字を表すために独特の文字を持つところ(日本の漢数字がそうです)もあれば、既存の文字に数字を当てはめるという方法(ローマ数字がその方式のひとつです)を採るところもあります。
しかし、これらの独自方式はそれほど機能的でなかったのと「0」を表すことができなかったため、ほとんどの地域でアラビア数字が使われるようになりました(日本のように独自方式と併用しているところもあります)。

アラブ世界に行ったことのある人なら知っていると思いますが、そこで使われているアラビア数字は、我々の使用しているアラビア数字とは違うものです。現在、我々が使っているアラビア数字はアラブからヨーロッパに伝わったあとに変化したものなので、痕跡は残ってはいるもののアラブのアラビア数字とはかなり違っています。

このアラブのアラビア数字も実はアラブで作られたものではありません。アラブ人が数字交じりの文を書いているところを見てみれば、その数字のシステムがその土地で生まれたものではないことがよく分かります。
ご存じの通り、アラビア語は右から左に書きますが、数字のところに来ると彼らは少し空白をあけて数字だけを左から右へと書くのです(我々の数字と同じように一番右が一の桁)。この数字のシステムがよそから来たことは明かです。
実はアラブのアラビア数字、そしてもちろん我々の使っているアラビア数字も、発明されたのはインドなのです。アラブでは彼らのアラビア数字のことを「インドの数字」と呼んでいるそうです。

草々

追伸、
最近、旅したミャンマーでは独自のミャンマー数字が使われていました。
地元の人々は普通のアラビア数字も理解しますが、一般に使用するのは独自の数字で市バスなどにもミャンマー数字しか使われていないので覚えておかないとちょっとやっかいです。
アラビア数字との見かけの相関も若干見られるのでお隣のインドからやって来たものと思われます。
[写真はミャンマーの列車内、座席にミャンマー数字(18)が書いてある]

前略、

前回の「言葉の家族」では世界で話されている言葉のかなりの数がインド・ヨーロッパ語族というカテゴリーに入り、ひとつの祖語から分かれていったものらしいということを書きましたが、文字の世界にもたくさんの文字の共通の祖先となる文字があります。こちらは言葉とは違い遺跡として残っているので実際にどのようなものだったか、どこで使われていたかがかなりはっきりと分かっています。

紀元前1500年頃、地中海の東にフェニキアというところがありました。そこに住むフェニキア人はすぐれた航海術を持ち、商才にも長けていたので地中海沿岸の国々と取引をし、自分たちのすぐれた文化を伝えていきました。彼らの使っていた文字がフェニキア文字で、右から左へと書く22の子音を表す文字から成っていました。
この文字の源流はエジプトのヒエログリフが簡略化されてできた民衆文字(デモティック)にあるといわています。
フェニキア人が使っていた言葉はアラビア語やヘブライ語などのセム(アフロ・アジア)語族の言葉ではなかったかといわれています。これらの言語は母音が少ないので子音だけの文字でもあまり不都合がなかったということです。

紀元前9世紀頃、このフェニキア文字がギリシャに入ります。しかし、ギリシャ語はインド・ヨーロッパ語族の言葉であり、母音も多いので、そのままではギリシャ語を書き表すには不便でした。
そこでギリシャ人はこの文字にアクロバティックな独自の変更を加えます。それは文字の中でギリシャ語にはない子音の文字を母音の文字にしてしまうというものです。
この結果、A、E、O、Yが母音字となり、その後いくつかの文字を付け加え、紀元前4世紀頃、子音17と母音7の文字を持つギリシャ文字として完成します。
さらに右から左へ書いていたのも犂耕式(書く方向を一行ごとに変えていく方式)を経て、左から右へ書く方式に定着します。
これらの変更と当時のギリシャ文化の影響力から、この系統の文字は大きく広がることになります。

まず、ギリシャ文字はローマに入り(ギリシャ人とローマ人の間にエトルリア人を経由しているという説もあります)、紀元前3世紀に19文字からなるラテン語を表すラテン文字となります。
さらに紀元後5世紀頃にギリシャ文字はカスピ海と黒海の間にあるグルジアとアルメニアに入り、それぞれの言葉を書き表すグルジア文字、アルメニア文字となります。

9世紀にはギリシャ語はさらに影響力を持つ文字のお手本となります。
その頃、今のルーマニアとスロバキアの国境あたりにあった大モラヴィア公国が、今のトルコとギリシャあたりにあったビザンチン帝国にキリスト教布教のための人員派遣を要請し、皇帝はコンスタンティノスとメトディオスの兄弟を派遣しました。この時にコンスタンティノスは、当時、東ヨーロッパで話されておりまだ文字を持っていなかったと考えられているスラブ語にキリスト教の福音書を翻訳するため、グラゴール文字と呼ばれる文字を作りました。
この時彼が作った文字は独自なものだったので書くのも読むのも難しかったためか半世紀ほど後に、この文字を基にしてギリシャ文字を取り入れて作り直した文字が現れます。この文字がキリル文字と呼ばれているものです。
グラゴール文字を作ったコンスタンティノスは修道士となった後にキュリロスと名乗るようになり、これはスラブ名でキリルというのでキリル文字と呼ばれるようになりましたが、彼が作ったのはグラゴール文字で、キリル文字を作ったのは彼ではないといわれています。

ここで大きな意味を持つのが、グラゴール文字とキリル文字がキリスト教布教のために作られたということで、この文字はギリシャで信じられていたキリスト教であるギリシャ正教(東方正教)と共にスラブ語圏とその周辺地域に広まりました。そのため、現在キリル文字を使用している国は(ソ連に押しつけられた国を除いて)ほとんどが東方正教の国といってかまいません(ルーマニアは東方正教の国ですが19世紀にラテン文字に切り替えました)。
同じようにローマ・カトリックと共にラテン文字は西ヨーロッパを中心に広まりました。

話を再び紀元前に戻します。紀元前8世紀頃、アラム(現在のシリアあたり)にフェニキア文字から派生したと思われるアラム文字が現れます。
この文字は紀元前2世紀頃にヘブライ文字になり、紀元後5〜6世紀にはナバタイ文字をなかだちとしてアラビア文字になります。
ヘブライ語は紀元後2世紀のユダヤ人の離散と共に死語となり、宗教語としてのみ残っていたものを1500年以上の後にイスラエルの公用語として復活させました。その間、生きた言葉として全く使用されず変容する機会がなかったため、ヘブライ文字は22文字の子音字のみでできていて、右から左に書くなど紀元前のフェニキア、アラム文字の特徴をそのまま持っています。

草々

前略、

18世紀の末に勘の鋭いイギリス人のインド学者、W・ジョーンズがインドのサンスクリット語(仏教がかかれた言葉。般若心経の最後に出てくる「ギャーテーギャーテーハラギャーテー」はサンスクリット語が中国を通って訛りに訛ったもの)を読んでいてふと気がつきました。この言葉はギリシャ語やラテン語、さらには他のヨーロッパ語となんか似てるじゃないかと。

これまでの人は誰もヨーロッパ人が話す言葉とインド亜大陸で仏陀の時代に話され、すでに滅びた言葉に関連性があるなどということは考えもしませんでした。しかし、研究が進むうちに古い古いサンスクリット語だけではなく現在、ヨーロッパからインド亜大陸にかけて話されているほとんどの言葉にも強い相関関連があり、同じ一つの言葉の祖先を持つ家族であろうということが分かってきたのででした。つまり、これらの言葉は書き表す文字は全く違っていても類似した文法と共通した語彙を持つ仲間だということなのです。
これらの言葉はインド・ヨーロッパ語族と呼ばれ、フィンランド、エストニア、ハンガリーを除くすべてのヨーロッパ語(一部の少数民族[バスク語など]の言葉は除く)とイランからアフガニスタン、パキスタン、中央アジアの旧ソ連の一部の国とインドで話されるほとんどの言葉が含まれます。

新大陸では今や英語とスペイン語、ポルトガル語の天下で、広大なロシアではロシア語の天下、アフリカでも植民者のヨーロッパ語が幅をきかせているので、話者の数や面積でいうとインド・ヨーロッパ語は世界のほとんどを占めていて、その言葉を話さない場所をあげる方が早いくらいです。すなわち、東及び東南アジアと南インド、中東と一部のアフリカです。

これだけの大家族になると血はつながっていてもあまり似てないものとそっくりなものの違いがはっきり出てくるので、それぞれの似た小さな家族ごとに語派という形で分かれています。
英語はドイツ語や北欧の言葉などとまとまってゲルマン語派と呼ばれています。フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルのいわゆるラテンの国の言葉はルーマニアなども加えてロマンス語派といい、ロシアと東欧、バルカン半島の言葉はスラブ語派というグループに入ります。

これらのインド・ヨーロッパ語族の中にはぽつんと孤立する例外があります。それがさきほどもあげたフィンランド、エストニア、ハンガリーで、これらの国の言葉はインド・ヨーロッパ語とは関連がないアジアから伝わってきた言葉で、アジアの騎馬民族がやってきたときに残していったものだといわれています。また、スペインの少数民族の言葉バスク語は旧石器時代にまでさかのぼる言葉ではないかともいわれています。

これらの中には別々の名前が付いていても言葉自体はほとんど同じというものもあります。例えばスウェーデン語とノルウェイ語はそれぞれの国の名前が付いていますが実際には方言以上のへだたりはないらしく、インドのヒンドゥ語とパキスタンのウルドゥ語も国と宗教、文字はが違うけれども基本的には同じ言葉だそうです。

では日本語はどのグループにはいるのか。これは昔から議論されてきた問題です。
日本語と朝鮮語は文法が非常に似通っている言葉であることは知られています。これらの言葉は膠着語と呼ばれ単語に助詞(てにをは)や助動詞などがくっついて(膠着して)文章を作ることからきています。
インド・ヨーロッパ語族の言葉は屈折語と呼ばれ、単語が変化(屈折)することによって文意を表します。英語はかなり簡略化されて屈折する部分が少なくなっていますが、他の言語では名詞の語形変化で格(主格、所有格など)を表したり、複雑な語形変化をして学習者を悩ませます。
世界の中ではアルタイ語族であるトルコ語やモンゴル語などが膠着語の仲間で一時は日本語や朝鮮語もこれらの語族とされていた時期もあったようですが、現在はここからは離れ、また似た文法を持ち文化的にも距離的にも近い日本語と朝鮮語も文法以外の単語間の相関関係が非常に低いということが同じ語族とするのをためらわせています。

では日本語はどこからきたのか。当然、どこからでもなくその場所から発生したオリジナルであるという考え方もあるのですが、どこからか来たとすると、北の中国語とは文法的に全く違う(中国語は語形変化もなければ助詞などが膠着することもなく単語の順番だけで意味を表すので孤立語と呼ばれています)ので、考えられるのは南(太平洋の島など)と西で、最近、有名なのはインドのタミル語語源説です。
タミルは南インドにあり、インドの中では数少ないインド・ヨーロッパ語族でない言葉で、映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」や「ボンベイ」の作られたところとしても知られています。この説を発表した大野晋教授によるとタミル語と日本語の間には文法や単語の相関関係だけでなく言葉が渡ってきた場合に当然考えられる文化的な関係(カレーを米で食べる以外にも)も強く認められるとのことです。

草々

前略、

日本国内で日本人の両親から生まれて日本語でこれを読んでいるほとんどの人は当然のように日本国籍(だけ)を持っています。しかし、国籍というのは実際にはどのようにして決定されるのでしょうか。

まずは生まれてきた赤ちゃんの国籍の決め方です。
これには大きく分けて「生地主義」と「血統主義」の二つの考え方があります。
「生地主義」はその国で産まれた赤ちゃんにはその国の国籍を与えるという考え方で、イギリス連邦や南北アメリカ大陸の国々がこれを採用しています。
対する「血統主義」は赤ちゃんが父親、または両親の国籍を受け継ぐという考え方で、両親の国籍を受け継ぐ方式が多数です(日本はこれを採用しています)が、イスラム系の国などがまだ父親のみの国籍を受け継ぐという方式を採っています(といっても日本もついこの間まではこの方式だったのですが)。
国籍の与えられ方に大きく分けてこの二つの方式があるということは、両親の国籍と生まれた国によっては赤ちゃんの国籍が複数になったり、全くなくなったりする可能性があるということを意味しています。
血統主義の国の国籍を持つ両親が生地主義の国で赤ちゃんを産むと両親の国と生まれた国の二重国籍を持つし、血統主義の国の国籍を持つ国際結婚の両親から産まれた赤ちゃんも父親と母親の国の二重国籍になります。
反対に、生地主義の国の国籍を持つ両親が血統主義の国で赤ちゃんを産むと無国籍になる可能性もあるということです(たいがいの文明国ならそのあたりのことには例外規定があると思いますが)。
これだけでなく、血統主義の国の国籍を持つ国際結婚の両親が生地主義の国で子供を産むと三重国籍を持つ赤ちゃんができあがります。

ただし、すべての多重国籍者がいつまでもその国籍を保持し続けられるというわけではなく、国によってはそれを認めないところもあり、日本はそれに当てはまります。
日本の法律では、日本国籍を含む多重国籍者は22才まではそれらの国籍を保持でき、それまでにどれか一つの国籍を選択することになっています。20才以降に多重国籍になった者はそれ以後の2年以内に選択します。
20才以降に多重国籍になる場合というのはどんな場合かというと、だいたいの場合、国際結婚か帰化ということになります。
国際結婚の場合、相手国の法律によってはもれなく自動的に無理矢理にでも国籍が付いてくるという場合もあり、帰化の場合には元の国籍を離脱しなければ多重国籍になりますし、これまた法律によってもとの国籍から離脱できないという場合もあります。

日本では結婚すると親の戸籍から出て自分たち夫婦の新しい戸籍が作られるわけですが、日本国籍を持つ人の国際結婚の場合には全く同じようにはことは運びません。
国際結婚すると結婚した日本国籍者のための新しい戸籍が作られるのは変わりませんが、日本の戸籍には日本国籍をもつものしかは入れないので、ここに外国籍の配偶者は日本に帰化しない限りはいることができません。その戸籍の配偶者の欄は空で別の場所に外国籍の者と結婚した旨が記されているだけということです。
そして、特に届けることがなければ姓も変わることはありません。配偶者の姓を(日本で法的に)名乗りたい場合は結婚してから六ヶ月以内に申請すれば配偶者の姓に変更できます。配偶者が中国か韓国籍の場合は同じ漢字の姓(但し、日本の漢字と違う場合は日本の漢字に改める)に、それ以外の場合はカタカナの姓になります。
この時点ではスミスさんと結婚してこの姓を名乗ると届けた人がパスポートを取ると、その中の名前のローマ字表記は本名であるカタカナのスミスをそのまま直した「SUMISU」になってしまいます。これを「SMITH」と表記するためにはさらに届けが必要です。

その後に赤ちゃんが産まれたとします。国籍についてはこれまでに書いたとおりですが、赤ちゃんの姓についてはまた別のお話となります。
配偶者が帰化している場合は法的には日本人同士ですから我々と変わることはありません。届けを出して夫婦同姓になっている家族の場合は当然、赤ちゃんもその姓で日本国籍者の戸籍に子供として入ります。夫婦別姓の場合はなにもしなければ日本国籍者の姓で同じ戸籍に入り、届けを出せば外国籍の配偶者の姓を付けられますが、戸籍は日本国籍者の親とは姓が違うということでその子供だけのものが新たに作られます。
但し、これらの話は日本の法律に置いてということであり、多重国籍を保持している限りは他の国の法律に基づいた姓名が別にあるということになります。

帰化については、日本国籍者の配偶者であるとか、日本で生まれたとか、日本にかなり長期間住んでるとか、日系人だとか、相撲の親方になるとか、オリンピックやワールドカップで活躍しそう(しかも、本国のほうはレベルが高いので補欠)だとかの正当な、あるいは怪しい理由がなければ非常に難しいということです。

赤ちゃんが二十二才になるときがやってくると、国籍選択をしなければなりません。
日本の国籍なんかいらないという場合には話は簡単です。国籍の選択をしなかったり、国籍離脱届けを出したり、他の多重国籍を認めない国の国籍を先に選択し(その国がその旨日本政府に伝えてき)た場合には日本国籍はなくなります。
また、他の国の国籍なんかいらないという場合も簡単です。日本の国籍を選択し、他の国のは離脱すればいいのです。

この他にもまだ第三の選択の方法があるようです。
とりあえず、日本の国籍を選択します。すると、日本政府はその「元」多重国籍者が日本国籍を選択したことを他の国籍の国に伝えます。その相手国が多重国籍を認めない法律を持っている場合、その国籍は自動的に剥奪される可能性があります(日本の場合はそうらしい)が、相手国が多重国籍を認めているまともな国の場合は、自国民である本人からの届けもないのに他の国の政府のお知らせだけで国籍を剥奪するようなことはしないのです。
つまり、とりあえず、日本政府には日本国籍を選択するといって押さえておけば、(その国の法律にもよるが)他の国の国籍はほっておけば、事実上、多重国籍のままでいられる可能性があるということです。
オリンピックに出るために外国籍の日系人が日本に帰化したなんていうことがありましたが、その人たちは明らかにもとの国籍を保持していて二重国籍になっているはずです。

外国に行くときに複数のパスポートの中から一番有利なものを選んで使うなんてスパイか暗殺者みたいで怪しくてかっこいいじゃないですか。
資格、免許マニアという使いもしないのにたくさんの資格、免許をもつ人たちがいるのですから、広い世の中にはたくさんの国籍を持つ国籍マニアがいるかもしれませんね(世界最多国籍のひとは誰でいくつの国籍なのでしょう。ギネスに載ってるのかな)。

草々

前略、

日本に住んでいて欧米の文化にばかりさらされていると、人の名前というのは順番の後先はあるにしても、個人の名と家族(一族)の名で構成されているのが当たり前だと考えがちです。しかし、他の国々を見てみるとそれが必ずしも当たり前というわけではないということがわかってきます。

世界の人名の付け方は大きく三つに分けられます。
(1)個人の名と家族(一族)の姓によって構成されるもの。
(2)個人の名と父親などの個人の名で構成されるもの。
(3)個人の名のみで構成されるもの。

(1)は説明するまでもなく、日本やその他の多くの国が採用しているシステムで、詳しくは後ほど説明します。
(2)は家族や一族で共通する姓というものはなく、個人の名と父親やそのまた父親などの名とで名前を構成するシステムです。
このシステムを採る最も典型的なところはアラブの国々です。サウジアラビアの王様の名前を例にして説明します。

 例/ファイサル・(イブン)・アブドル・アジズ・(アル)・サウド

彼の場合、個人の名は最初のファイサルのみです。次にくるイブンは「〜の息子」という意味で略されることが多く、続いて彼の父親の個人の名のアブドル・アジズがきます。この後にさらにイブンと続き、祖父の名やさらに祖先の名が入ることもあります。そして、アラビア語の定冠詞のアルに続いて王族名のサウドがきています。ここには出身地名、種族名などの我々のいう家族の姓とは違うかなり大きな範囲をくくる家姓(ニスバ、家系の名ともいう)が入ります。これにより父系の祖先の出身や由緒がわかるということです。
つまり、彼の名前は「サウド家のアブドル・アジズの息子のファイサル」ということを意味しているわけです。
ちなみに彼の父の名のアブドル・アジズは二語で一つの名前を作ります。なぜならアブドルのうちのABDが「しもべ」、ULが「〜の」という意味を表すので、その後には必ず何かが入ります。彼の父の場合は「アジズ(慈悲深き者=アラー)のしもべ」という意味で、アブドラー・ザ・ブッチャー(プロレスラー)のアブドラーは「神(アラー)のしもべ」という意味です。

 例/ムハンマド・ホスニ・サイド・ムバラク
   ムハンマド・アンワル・(アル)・サダト

現と前のエジプト大統領です。彼らの場合二人とも最初の語がムハンマドになっていますが、彼らの個人の名前はこれだけではありません。ムハンマドはあまりにもありふれた名のため、この名前の場合は後に続く名前と二語で個人の名を構成します。(サダトは父の名の部分を省略しています)

このようにアラブの国の人たちには我々のいう家族の姓というものが(サウド家などという非常に大きなもの以外)ないので、ただ一語だけで個人を呼ぶ場合、例えば、イラクのサダム・フセイン大統領をただ、フセインと呼ぶのでは彼の父親の名を呼んでいることになります。ちなみにヨルダンのフセイン国王のフセインは彼の個人の名です。
この他、アラブ以外のイスラム系の国の一部(パキスタン、マレーシアなど)もこの名前のシステムを持っていますが、トルコやイランでは個人名と家族の姓というシステムになっています。

これらのイスラムの国の名前の理解を難しくしているものに称号というものがあります。偉い人や偉く見せたい人が、場合によっては複数の称号をつけ、ややこしくしています。日本の下司なおやじが名刺に肩書きをたくさん並べているのを連想してしまいます。
以下は典型的な称号の例です。

 アミール 君主・高官
 アクバル 偉大な
 ハフィズ コーランを暗誦できる
 ハキム  学者
 マリク  国王
 シェイク 族長
 シャー  ペルシャ国王(ちなみにこれはチェスの語源)

 イスラム系以外ではモンゴルが父親の名+個人の名というシステムを持っています。

(3)は姓というものが全くなく、個人の名のみというシステムです。
インドネシアは多民族国家なのですべてがそうであるというわけではありませんが、基本的には1〜3語の個人の名のみを持っています。
一般に男性には語尾に「o」の発音が、女性には「i」の発音がつきます。さらに男性の場合は語頭に「豊かな、良い」という意味の接頭語「ス」がつく人が多いとのことです。

 例/スカルノ(前大統領)
   スハルト(現大統領)
   デビ夫人(前大統領の何番目かのかみさん)

ビルマ(ミャンマー)も姓がなく、1〜4語の個人名を持ちます。
おもしろいことに生まれた日の曜日によって名前の最初の発音がいくつかに限定されるといった特徴があります。例えば、アウン・サン・スー・チー女史の最初の「a」の発音は日曜日生まれを示しているそうです。
元の首相にウー・ヌという人がいたそうですが、この中の「ウー」は名前ではなく目上の者に対するごく普通のの敬称だそうです。つまり、知らないうちに「ヌ様」と呼ばせてた/呼んでたということのようです。

そして、(1)に戻ると、我々に一番理解しやすい家族の姓+個人の名というシステムですが、これも日本などの中国文化圏のような姓と名がそれぞれひとつだけというところは少なく、母親や自らの旧姓やら(2)の父親の個人名などが加わってきたりで一筋縄ではいきません。

例えば、スペインは個人名+父の姓+母の姓で、ポルトガルは個人名+母の姓+父の姓になり、ギリシャ、ブルガリア、ロシアになると個人名+父親の個人名+姓のパターンになります。

 例・ミハイル・セルゲイヴィッチ・ゴルバチョフ

この最初で最後のソビエト連邦大統領の個人名はミハイルで、父親の個人名がセルゲイ、語尾の「ヴィッチ」(または「イッチ」)は「〜の息子」という意味で、女性の場合は「〜の娘」という意味の「ナ」「ア」「ヤ」が語尾につきます。ちなみに「サナバビッチ(son of a bitch)」は全く関係ないことを付け加えさせておきます。

アラブの項でも出てきた「〜の息子」という意味の言葉は世界中の姓名の中に入り込んでいて、アラブやロシアのように「実際の父親の名前」+「〜の息子」というパターン以外にすでに家族の姓に転換して残っているものも多くあります。

例えば、
・ベン〜 (Ben〜) ユダヤ系
 例/ダヴィド・ベングリオン(イスラエル初代首相)
・〜オウル (〜oglu) トルコ
・〜オスフィ (〜osfi) ハンガリー
・〜エスク (〜escu) ルーマニア
 例/ニコラエ・チャウシェスク(ルーマニア元大統領)
・〜ウィッツ (〜wicz) ポーランド
・〜ス、〜ソン、〜セン (〜s,〜son,〜sen) スカンジナビア系
 例/トーレ・ヨハンソン(音楽家)
 例/ハンス・クリスチャン・アンデルセン(作家)
・フィッツ〜 (Fitz〜) イングランド
 例/スコット・フィッツジェラルド(作家)
・オ〜 (O’〜) アイルランド
 例/ライアン・オニール(俳優)
・マック〜 (Mac〜,Mc〜,M’〜) スコットランド/アイルランド
 例/ドナルド・マクドナルド(ハンバーガー屋)
   ポール・マッカートニー(音楽家)

以上はすべてそれぞれの国で「〜の息子」という意味をもつ語です。姓が下々の者までに導入される前にアラブの国のように「〜の息子」と呼ばれていたものがそのまま姓に転換していったということなのでしょうか。
また、これらの姓からは少なくとも先祖の誰か一人はその姓を持つ国からきたということが我々にもわかります。

他には、
・姓に「van 〜」がつけばオランダ系だとか、

 例/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(売れなかった画家)
  蛇足、彼の名前はフィンセント・ファン・ホッホのほうが実際発音に近いそうです。

・ドイツの「von 〜」やフランスの「de 〜」は(元)貴族を表すとか、

 例/ウェルナー・フォン・ブラウン(ロケット科学者)
   エーリッヒ・フォン・シュトロハイム(監督・俳優)
   シャルル・ドゥ・ゴール(ジャッカルに狙われた元フランス大統領)
   クラリス・ドゥ・カリオストロ(カリオストロ公国大公息女)

そのようなこと(あるいはそう思わせたいということ)がわかります。

草々

前略、

ポルトガル語、オランダ語起源の外来語に続き、ドイツからのものを紹介します。

ゼッケン Zeichen[ツァイヒェン] 合図、目印、記号
ドーラン Dohran[ドーラン] ドーランを作っている会社名
ボンベ Bombe[ボンベ] ボンベ、爆弾
ガーゼ Gaze[ガーゼ] ガーゼ。これはパレスチナのガザ地区のGazaが語源。
ギブス/ギプス Gips[ギプス] 石膏、ギプス
ルンペン Lumpen[ルンペン] ぼろ着
ワッペン Wappen[ヴァペン] 紋章
ザック Sack[ザク] 袋
ヤッケ Jacke[ヤケ] 上着

このほかにも、医療、登山、スキー用語はドイツ語の独擅場です。


ほかのヨーロッパからではフランスとロシアからのものがいくつかあります。

まず、フランス語から。
バリカン Barriquand et Marre[バリカン・エ・マール] 製造会社の名前
ズボン jupon[ジュポン] ペチコート。なぜペチコートがズボンになったのでしょう
綱引きをするときのかけ声の「オー・エス」の…
エス hisses[イス] 動詞hisser(引き上げる、持ち上げる)の命令形
アンツーカー en-tout-cas[アン・トゥ・カ] 全ての状況で。英語に当てはめるとin-all-case。

つぎにロシア語。
イクラ икра[イクラ] 魚卵
カンパ кампания за сбор денег[カンパニヤ〜] 募金運動
アジト агитпункт[アジトプンクト] 扇動本部
セイウチ сивуч[セヴチ] とど。ロシア語のセイウチはまた別の語らしい
トーチカ огневая точка[オグネヴァヤ・トーチカ] 火力の拠点

さすが共産主義育ての親の国といった語が見受けられます。


ヨーロッパからの最後のおまけとして英語からの意外な外来語を少し。

ジョッキ jug[ジャグ] ジョッキ
ズロース drawers[ドローワーズ] パンツ、ブリーフ
ハツ(焼き肉)hearts[ハーツ] 心臓
ゴロ grounder[グラウンダー] ゴロ。ゴロゴロだからじゃないんですね。
チック cosmetic[コスメティック] 化粧品
ワイシャツ white shirt[ホワイト・シャート] 白いシャツ。白くないものはワイシャツじゃないということ。「Y」シャツではないのだ。
ポチ spottie[スポッティー] 斑点のある。ポチが外国の名前だなんて、知ってましたか。

これまでの外来語は全てヨーロッパからのものでしたが、ヨーロッパ語以外の外来語も数はそれほど多くはありませんが、もちろんあります。
いくつか紹介しますが、中国からの言葉は日本にとって外来語とはいいがたいので意外な感のあるものだけを取り上げます。

シェルパ sher-pa(チベット語) 東部の人
カボチャ Camboja(ポルトガル語) カンボジア
キセル khsier(カンボジア語) 管
カーキ khaki(ヒンディ語) 土色の、ほこりっぽい。
ジパング 日本国(中国語) 日本。当時の「日本国」中国語読みjihpunkuoがマルコポーロによりジパングと紹介され、後にジャパンになった。
カバン 夾板(中国語) 箱
パッチ (朝鮮語) ズボン
チョンガー (朝鮮語) 独身男性
旦那 dana(サンスクリット語) 施し(する人)。サンスクリット語起源の仏教用語は中国経由でたくさんはいっているのでほかは取り上げません。
アルカリ al-qaliy(アラビア語) 焼いた灰
アルコール al-kohl(アラビア語) コール炭
そ の昔、アラビアでは天文学や科学(錬金術)が発達した時期があり、それらの進んだ言葉がヨーロッパに輸入されました。alはアラビア語の定冠詞、英語の theと同じで、アルタイル(al-tahil/飛ぶもの、鳥)やアルコーブ、アラー(al-ilah/the god)、アルファルファ(al-fasfasa/良質のかいば)、錬金術(アルケミー)、代数(アルジェブラ)も同じです。

そのアラビアにある袖の長い上着にjubbaと呼ばれるものがあるそうです。このjubba、実はたくさんの日本語の外来語の語源となっています。
アラビア語jubbaは、英国経由でjumper→ジャンパーとなり、フランスに入ってjupon→ズボンとなり、ポルトガルのgibaoを通って襦袢(じゅばん)となっていったのです。
 同じように、最初に紹介したチョッキ(jaque)も、ヤッケ(Jacke)やジャケット(jacket)と同じルーツを持っているということは、そのものの形態と綴りを見ていただければ分かっていただけると思います。

  日本に入ってきた外来語だけ見ても世界の言葉の不思議なつながりが感じられたのではないでしょうか。今回紹介したのは、いわゆる借用語(loan word)と呼ばれるものがほとんどですが、世界の言葉には単語の貸し借りだけでないもっと深い言語の根元までに至るつながりがあります。

草々

前略、

外来語の反乱が指摘され始めて、すでにかなりの年月が経ちます。これまで指摘を受けてきたその反乱軍の主力はほとんどが英語でしたが、最近になってフランス語やスペイン語、イタリア語なども増えてきているようです。これは商品名などに特に多いことから、英語に手垢がつきはじめ、新鮮さやかっこよさが失われてきた結果ではないかと考えられます。
「チョッキ」と呼ばれていたものが「ヴェスト」(vest/英)と呼ばれるようになってもうかなりになりますし、「ジャンパー」(jumper/英)と呼ばれていたものは、今では「ブルゾン」(blouson/仏)と呼ばれています(正確には全く同じものではないようですが)。

今、使った「チョッキ」という言葉ですが、何語だと思いますか。固有の日本語ではなく外来語くさいというのはカタカナで書くことからも推測できますし、英語ではなさそうだというのも分かりますが、昨日今日出てきたはやりもの外来語ではなく、完全に日本語になじんでしまっているので何語なのか、語源は何なのかなどということがほとんど意識されなくなっているのです。
ちなみに、「チョッキ」というのは、ポルトガル語のjaqueが訛ったもので、上着という意味です。
今回はこのような日本語になじんでしまって元が分からなくなっている外来語や、意外な国からきている外来語を紹介します。

外来語を少し調べてみると、日本語になじんだ外来語というのは、英語からのものは非常に少なく、いくつかの特定の国からきたものが多いことが分かります。それらの国は早くから日本と接触があったため、その言葉は長い時間をかけて日本になじんでいったのです。
それらの国というのは、先程の「チョッキ」の語源の国であり、キリスト教の布教にかけてはどこの国にも負けなかったポルトガルと鎖国の江戸時代の中での数少ない接触相手だったオランダです。
まずは、ポルトガル語起源の外来語から見ていきましょう。(以降に出てくる単語の読みはあまり信用しないでください)

カルタ(歌留多) carta[カルタ] 手紙、トランプ。英語のcard。
カッパ(合羽) capa[カパ] マント、カバー
コンペイトー confeito[コンフェイトー] 砂糖菓子
ビードロ vidro[ヴィドロ] ガラス
「ピンからキリまで」の…
ピン pinta[ピンタ] 小さな点。英語のpoint。
キリ cruz[クルス] 十字架
「このアマ、ふざけやがって!」の…
アマ ama[アマ] 乳母
シャボン sabao[サボン] 石鹸
じゅばん(襦袢) gibao[ジバン] 胴衣、上衣
チャルメラ charamela[シャラメラ] 木管楽器の一種
バッテラ bateira[バテイラ] 舟、ボート。舟型の入れ物に入れて作るから。
ボーロ bolo[ボル] 球、ケーキ
ボタン(釦)botao[ボタン]  ボタン、芽、つぼみ

他にはジョーロや天麩羅などもポルトガル語起源なのですが、語源である単語が定まっておらず、いくつかの説があるようです。外来語なのに漢字で書ける単語が多いというのは、中国経由の外来語以外では他にあまり例を見ません。ポルトガル起源の外来語の馴染み具合、古さが感じられます。


次はオランダ語からの外来語です。

カラン kraan[クラーン] 栓、蛇口
ゴム gom[ゴム] ゴム
コップ kop[コップ] コップ、頭部
スコップ schop[スホップ] スコップ、シャベル。ちなみに、シャベルはshovelで英語。
ズック doek[ドゥーク] 織物
「博多ドンタク」の…
ドンタク zontag[ゾンタフ] 日曜日。だから、半分休みの土曜日は、半分日曜→半分ドンタク→半ドン
ビール bier[ビール] ビール
ピント brandpunt[ブラントプント] 焦点。英語ではfocus
ポン酢 pons[ポンス] 橙などの柑橘類の絞り汁、パンチ(現地ですでに死語となっている)。
パンチとは飲み物、「赤玉パンチ」のパンチ(これもほぼ死語ですね)。パンチのほうの語源は、茶、アラク、砂糖、レモン、水の五種のものを混合したインドのカクテルの名前で、ヒンディ語の「5」を意味するpanch からきている。
マドロス matroos[マートロース] 船員
メス mes[メス] ナイフ、小刀
ランドセル ransel[ランセル] 背嚢、ナップサック
カルキ kalk[カルク] 石灰
ブリキ blik[ブリク] ブリキ
レッテル letter[レテル] 文字
ポマード pommade[ポマード] ポマード

日本語に馴染んでるといえば、やはり以上の二カ国の言葉が多く、以下に紹介する国の外来語は、外来語臭さが抜けきっていないものも多いですが、意外な感じがするものも多いはずです。

つづく

草々